事例集

別居し、経済的援助がなかった妻の遺族年金の請求が認められた事例

公開日: 2015年8月10日
更新日:2018年12月18日

■平成19年(厚) 第75号
 
【主文】
社会保険庁長官が、平成○年○月○日付で再審査請求人に対し、Aの死亡に基づく遺族厚生年金を支給しないとした処分を取り消す。
 
【本件の問題点について検討し、判断する】
(1)遺族厚生年金制度は、婚姻法秩序を前提として、婚姻関係にある者の一方が先に死亡した場合に、
当該死亡当時、現に、死亡した者によって生活が相当程度支えられていたという事実に着目して、他方のその後の生活を支えようという趣旨に出たものであることは、法第58条第1項及び第59条第1項の規定から明らかである。
 
そうであるから、婚姻関係に何の問題もないものの、配偶者を失った者に相当な収入等があって死亡した配偶者によってその者の生計が現に支えられていなかった場合だけでなく、婚姻関係に何らかの問題があって、死亡した者によって現に生計を維持していなかった場合(夫婦相互の生活保持義務に基づく婚姻費用の分担がなされていない場合)であっても、遺族厚生年金は支給されないこととなる。
 
(2)しかし、一方配偶者死亡の時点の一点で現にその者の生計が相当程度支えられていないとして生計維持関係を認めないことが著しく合理性を欠く場合(たとえば、死亡時点では、残された配偶者に高額の収入があったが、それがその者の疾病、定年到達等により、日を置かずして失われることが確実な場合)には、例外的な取扱いがなされてしかるべきである。
 
また、一方配偶者の死亡時点において、別居のため一体の生計が営なまれておらず、また、仕送り等経済上の相互扶助もない場合であっても、それが配偶者の一方又は双方の疾病その他やむを得ない事情によるものであって、夫婦双方に婚姻関係を解消する意思が認められず、前述の、いわば常態から逸脱した状況が婚姻関係を形骸化せしめる程長期間続いているわけでなく、上記やむを得ない事情が解消すれば速やかに夫婦の共同生活が再開されることが期待されるような場合にも、例外的な取扱いが認められて然るべきである。
 
(3)本件の場合、亡Aは、平成○年○月の別居から○年弱遡る平成○年○月に、当該傷病による精神障害のため請求人等他人に害を及ぼすおそれがあるとして、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第29条の規定による、いわゆる措置入院(期間は○○月強)となったことがある者である。
 
そして、当該傷病による精神障害としては、飲酒による複雑酩酊による急速かつ過激な人格変化とそれに伴う暴力行為がしばしば見られ、断酒によって一旦それらの障害が消失しても、飲酒の再開によって上記精神障害が容易に再現することは、確立した医学的知見に照らして、容易に推定できるところである。
 
亡Aは、a病院への措置入院とその後の通院治療によって一旦断酒に成功したが、平成○年○月には既に以前のような大量飲酒を再開しており、前記精神障害も再現したと、容易に推認できる。上記精神障害の程度は、事実認定したところから、平成○年○月の措置入院の際と同程度又はそれ以上と認めることができ、請求人がその生命・身体に現実の危険を感じるのに十分なものであったと認めることができる。
 
(4)このような状況下で、請求人になお亡Aとの同居を求めることは過酷な要求というべきであり、本件別居はやむを得ない事情によるものであったと認められる。また、請求人は、亡Aの元を去ることにより、現実の危険を回避した後、○年○月強の間、亡Aから仕送りを求めることも同人に仕送りをすることもせず、亡Aの呼びかけに応じて再会することをも避けていたことが窺われるが、同人から生命・身体の危険を感じるような暴力を振るわれたという生々しい記憶があるのであるから、亡Aにその居所を知られるのを恐れて身を隠していたとしても、これも緊急避難の一環として必要なことであったと認められる。
 
そうして、本件の場合、両者の約○○年の婚姻生活中、別居の前後を通じて、請求人及び亡Aの双方から特段婚姻関係を解消する具体的な意思等が示されたことも窺われず、また、別居して経済生活を全く独立に営んでいた期間は○年に満たない比較的短い期間であることから、請求人が前記第3の1の生計同一要件を満たしていないとするのは、相当でない。
 
(5)そうすると、請求人は、事実認定したところから、別居当時及び亡A死亡当時を通じて前記第3の1の収入要件を満たしていたことは明らかであることから、請求人には亡Aに係る遺族厚生年金を支給すべきであって、原処分は取消しを免れない。
 
以上の理由によって、主文のとおり裁決する。

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